電力業界の規制緩和

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いよいよ菅首相の退陣条件となる3法案の可決が見えてきました。

2次補正予算

②赤字国債法案

③再生エネ法案

昨日、2つ目の法案「赤字国債法案」24日にも成立することが決まりました。

3つ目の「再生エネ法案」についても、自民党の総合エネルギー政策特命委員会が修正案をまとめ、

週内にも民主、公明両党との修正協議に入るようです。

この「再生エネ法案」が合意すれば菅首相の退陣条件が最終的に整います。

菅首相が辞める辞めないの話は置いておいて、そもそも、この「再生エネ法案」とはなんなのか?

ソフトバンクの孫さんが絡んでいることは有名ですが、法案の中身を調べてみました。

まず、「再生エネ法案」=「再生可能エネルギー促進法案」の要点は以下の内容です。

・発電主体は一般企業を想定している。

・発電方法は太陽光発電を含めた再生エネルギー全般を想定している。

・電気事業者に発電方法別に決まった価格で買取を義務付けることができる。

・電気事業者は買い取った電力のコスト増分を、需要者に負担させることができる。

なぜこの法案が必用かというと、

民間の新規参入業者に、再生可能エネルギー開発を促したいからです。

(その新規参入業者の一つにソフトバンクが手を挙げています。)

しかし、この法案はメリットもある反面、デメリットもあります。

デメリットとしては、以下のものが挙げられます。

・再生可能エネルギーのコスト増分は、需要者に電力料金の値上げという形で負担が発生する。

・発電量のコントロールが難しくなり、無駄が発生しやすくなる。

・新規参入業者は決まった価格で買い取りが保障されるため、市場原理が働かない。

特に3つ目の「決まった価格」で買い取りという部分が重要であり、

この価格によって、新規参入業者が増えたり減ったりすることが予想されます。

しかしながら、こんなややこしい法案を作るぐらいならば、

さらなる規制緩和に踏み込んだ「発送電分離案」を議論すべきだと思います。

そもそも、この「発送電分離案」10年ほど前にも議論されたことがあります。

日本の高コスト体質を見直そうと、経産相の諮問機関である総合資源エネルギー調査会で、

議論されたようですが、東電が政界パイプを使って分離案を押し戻したと言われています。

電力ビジネスは、初期に膨大な費用がかかるので新規参入が難しいと言われています。

しかし、それは送電事業に限ったことで、発電事業そのものはそれほど難しくありません。

電力会社が独占し、新規業者の参入を阻んでいる原因は、この送電事業を押さえているからです。

実際に、この規制があるがため、余っている電力を他に融通できないケースも多々あります。

有名な例を挙げると、六本木ヒルズには自家発電機能があるのですが、

そこで発電した電力は、周囲の施設に送ることができないのです。

(他社の送電網を使うと電気代が馬鹿みたいに高くなるので・・・)

そういうことであれば、電力会社は数ある発電事業者の一つとなり、

送電会社は既存の電力会社とは別に、全国一本化すれば良いのです。

そうすれば、間違いなく電気料金は安くなるでしょう。

しかし、東電に限らず、電力業界は「政官業」が癒着しているので、

その規制緩和はまず不可能だと思われます。

そこで、妥協案として「再生エネ法案」が議論されているのでしょう。

「再生エネ法案」で最も重要なポイントは、上述した「固定の買い取り価格」です。

経産省は電気料金の上昇を抑えるため、再生エネルギーの買い取りコストに上限を設ける方針を示しました。

法案の議論の中で、太陽光発電についてはソフトバンクが当初想定していた1キロワット時40円に対し、

30円台にするという話が出ているようですが、30円台前半なら太陽光発電事業は全滅のようです。

通常、このような場合は、新規参入を促すため、当初は高めに買い取り、

コストダウンが進んだ段階で、徐々に買取コストを下げていく手法が取られます。

しかし、そのようなやり方は現段階では検討されていないようです。

経産省は国民のためと言いつつ、実は電力会社を裏で支援しているのだと推測されます。

本音は、既存の電力会社以外に発電事業を任せたくないのでしょう。。。

ただ、今の電力会社の体たらくを目の当たりにすると、

規制緩和して競合させた方が、必ず将来のためになると思われます。

携帯電話の通話料金やネット回線料金も、ソフトバンクが参入したことで大幅に値下がりしました。

何かとやっかまれる孫さんですが、電力業界の独占を破壊するためには毒薬も必要だと思います。

菅首相も、どうせやるなら「発送電分離案」にまで踏み込んでもらいたいものです。

野球は2アウトからといいますから、今からでも遅くは無いです。

菅首相、最後の悪あがき、期待しております。

 

 

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「原理原則」の経営 「稲盛和夫」

先週は子供が生れたこともあり、ブログ更新をサボってしまいました。

今週は、いつものペースに戻そうと思います。

 

さて、題名に「原理原則」と記載しましたが、
経営者の方々からこの言葉を聞くことが多いと感じます。
京セラやKDDIを創業し、今はJALの再建に携わる「稲盛和夫」氏もよく話しておられます。

しかし、この「原理原則」とはなんぞや?と問われると言葉に詰まります。

稲盛氏いわく、「原理原則」とは、「人間として正しいことをするという哲学」だそうです。
稲盛氏は、リーダーに必要なものは、「能力」よりも「人格」だと考えています。
どんなに「能力」の高い人であっても、「人格」がゆがんでいたら、
もたらされる結果は、能力が高い分だけマイナスが大きくなると言っています。

わたしもこの考えに同感です。

これまで、能力的に優秀な方とお仕事をする機会は多かったのですが、
みなさん、どちらかというと人間性がゆがんでいた方が多かった気がします。
おそらく、能力的に突出してしまうと、常人の考えや感じ方が分からなくなり、
知らず知らずのうちに人間性がゆがんでいくのでしょう。。。

なので、能力的に高いにも関わらず、人格的にも尊敬できる人に出会ったときは感動ものです。
この状況は、医師の場合も同様であり、医師で人間的に魅力的な方にお会いできるとホッとします。
なぜなら、医師は能力が高い人の象徴であるがゆえ、変わった方が多いからです。

しかし、「能力」と「人格」のバランスを取ることは非常に難しいことだと思います。

「素晴らしい人格を持っている」と言われる人たちは、他人を思いやる気持ちを強く持っています。
しかし、「能力が高い」と評される方々は、一般的に競争社会を勝ち抜いてきた人たちです。
幼少期から他人を思いやることばかりしていたら、おそらく今のポジションにはいなかったでしょう。

子供の頃から他人を思いやりつつ、勝負所では競争相手を蹴落とすような器用な子供はいません。
(ごく稀にそのような子供がいるかもしれませんが、希少だと思われます。)
ということは、人格とは、人生経験を重ねながら、後から育てるものだと思うのです。

誰しも、自分の心の中に、「利己の心」と「利他の心」は同居しています。
いかに、「利己の心」を抑え、「利他の心」を増やしていくかを心掛けることが重要なのだと思います。
(わたし自身はまだまだ「利己の心」を抑えることをできていません。)

話を稲盛氏に戻します。

実は、JALをV字回復させた稲盛氏が、最初にやったことは、幹部社員の人格を矯正することです。
立派な戦略を考えたところで、その基盤となる人格がなければ、経営は上手くいきません。
それゆえ、幹部社員を集めて、ただひたすら「人間として正しいことをする哲学」を共有したそうです。

高学歴な人ほどプライドが高く扱いにくいので、JALの幹部社員の人格を矯正するのは、
かなり難度が高い所業だったと思われます。
未だ完遂できているとは思えませんが、あの業績回復を見る限り、それなりに上手くいったのでしょう。

稲盛氏が伝えたかったことは、テクニックだけでは会社経営は勤まらないということです。
これはサッカーや野球に代表される、スポーツチームの監督も同様です。
なんらかの集団を率いていくためには、「能力」ではなく「人格」の方が重要なのです。

テクニック(能力)のある人がリーダーになると、一時は業績回復するかもしれませんが、
永くは続きません。その理由は、メンバーの気持ちがついて行かないからです。
なでしこジャパンの監督は、見るからに「人格者」です。だから勝てたのだと思います。

しかし、この「人格」を磨くことが、最も難しい「所業」であることは言うまでもありません。
この終わりの無い「人格形成」という所業は、永遠に続きます。
必要以上に負担に感じず、楽しく継続していきたいものです。
 

「動機善なりや、私心なかりしか」



 

“Facebook”

ついに、Facebookなるものを始めてしまいました。

正直、こういったコミュニティは好きではありませんでした。

様々な理由がありますが、最も嫌いな点は、浅い人間関係が拡がっていくからです。

また、個人情報が赤裸々になる点も大きなリスクです。

皆さんは、知人から「友達リクエスト」が来たら、必ず承認しているのでしょうか?

その辺は少々気になります。

以前、新聞で、上司から「友人リクエスト」が来て断れずに承認したという記事を見ました。

承認するしないは個人の自由なのですが、

大人な対応として、たとえあまり好きではない人であったとしても、

たとえ友人にはなりたくないと思った人であっても、承認するのが礼儀なのでしょう・・・

そうなりますと、本音の書き込みはできないということになります。

本音の書き込みができない「場」に意味があるのか?と思っているのですが、

皆さんはそれなりに使いこなしているようですね。

見ている限り、お悩み相談的な書き込みもありそうです。

ただ、わたしにとってはどうしてもこういったオープンな場は苦手です・・・

ブログを沢山書いておいて何を今さら?と思われる方も多いと思いますが、どうも苦手なのです。

そんな苦手な、あまり好きではない、”Facebook“になぜ興味を持ったかというと、

医師の皆様には”Facebook“をやっている人がそれなりにいらっしゃるからです。

その方達のプロフィールを拝見するためには、自分も会員になるしかないと思ったわけです。

単純に、それだけの理由です(笑)

わたしは人見知りなので、浅く広い人間関係が得意ではありません。

だから、何百人ものお友達のいる人を見ると、本当に友達なのか?と疑いたくなります。

(別に、本当の友達である必要は全くないのですが。苦笑)

また、気が弱いので、書き込んだ内容に反対的な意見を述べられると凹んでしまいます。

だから私のブログにはコメントの書き込み欄がありません(笑)

好意的な書き込みであればウェルカムですが、全ての人が好意的な訳がありませんので・・・

しかし、”Facebook“はそれなりに面白そうだと思いました。

その人の経歴や人間関係がすぐに分かりますし、それによってパーソナリティもある程度推測できます。

また、長らく会っていない知人がいたりすると、ついつい「友達リクエスト」をしたくなります。

完全新規の出会いというよりも、少し知っている人とか、かつての友人との連絡ツールとしては

役に立ちそうな気がしました。

しばらく、そのような使い方をしてみようと思います。

ただ、本当の個人情報(秘密の情報)は記載したくないです。

今はフルネームでググれば、大まかな情報は入手できる時代であり、

そんなオープンな場所に登録する訳ですから、個人情報などあってないようなものです。

(医師は病院の外来表や、担当医師紹介などがひっかかるので、何かと大変だと思います。)

Facebook“を利用しておいて、「個人情報の保護は重要です」なんて言う人がいたら、

その人の頭がおかしいと思いますが、私も”Facebook“を利用する限りは、

ある程度の個人情報の漏洩は覚悟しなければいけません。

あと、苦手な人から「友達リクエスト」が来ても、承認するしかありません。

しかし、上司からの承認依頼は完全なる「パワハラ」です。

そんな上司にならないよう気を付けます(苦笑)




6月ですね

いよいよ6月に入りました。

6月と言えば思い浮かぶのは「ジューンブライド」

結婚式がなぜ6月なのか?由来についての諸説はありますが、そもそも欧米に始まったものです。

欧米においては、6月に結婚すると生涯幸せな結婚生活ができるという言い伝えがありますが、

その理由の中で最も有名なものは以下の内容です。

ギリシャ神話の主神ゼウスのお妃ヘラ(英語名Juno)という女神がいます。

ヘラは最高位の女神で、結婚・出産を司り、家庭・女性・子どもの守護神と云われています。

このヘラを祭る祭礼が61日に催されていたことから、

結婚式を6月に挙げると女神ヘラの加護を受けて生涯幸せになれると言われています。

それ以外の説としては、欧州の6月は1年中で最も雨が少なく良いお天気が続くため、

季節的環境が非常に良い月であり、更に復活祭も行われる時期であることから、

欧州全体が祝福ムードで溢れ、6月の花嫁は幸せになれるというものもあります。

いずれにしても、日本の神や気候とは全く関係が無く、日本では言葉だけが独り歩きしている状態です。

実際に、日本で6月に結婚する数は他の月に比べて多くありません。

少し古いデータですが、下記グラフをご参照ください。

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このグラフは、2002年から2004年までの婚姻件数と離婚件数の月間平均を示しています。

これを見る限り、日本で婚姻件数が多いのは、3月と11月であり、逆に最も少ないのが、1月と8月です。

(最近のデータも見ましたが、この傾向は全く変わっていません。)

6月は梅雨のシーズンなので、もっと少ないと思いましたが、それなりに健闘しています。

89月が少ないのは暑いからでしょう。11月に多いのは気候が良いからでしょう。

3月に多い理由がよく分かりませんが、日本の区切りは4月なので、4月から良いスタートを切るために、

3月中に済ませてしまおうという魂胆でしょうか??

それはそうと、日本においては結婚を決めてから結婚式までの期間が長すぎると思いませんか?

セッカチな私は、「思い立ったが吉日」で、結婚式なんて即やってしまいたいと思いますが、

披露宴会場の手配やら色々な行事があるため、平均的には1年ぐらいかかるそうです。

(ちなみに、私は8か月ぐらいだったと思います。平均と大して変わりません。。。)

この1年という期間は決して短くない月日です。

準備期間に相手の嫌な部分も見えてくるため、

この1年の間に別れてしまうカップルも多いと聞きます。

そんな中、最近では半年以内のスピード挙式ができるサービスがあるようです。

株式会社エイチーム(名古屋市)が運営する『すぐ婚navi』。

2008年のサービス開始以来、半年以内のスピード挙式を求めるカップルに好評です。

(決してこの会社の回し者ではございません)

今の時代は何でもビジネスになりますね。

目の付け所が素晴らしいと思います。さすが名古屋人。

こういう元気な企業が名古屋から出てくると、名古屋出身の私も嬉しい限りです(笑)

最後に、離婚数が最も多い月は3です。

みなさん 気を付けましょう。

 

 

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キャナリーゼ

 

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3.11の震災以来、東京の不動産価格がどうなったのか気になったため、

マンションの口コミサイト等を調べていたら、やたら「豊洲」のスレッドが多く驚きました。

 

いろいろ覗き見してみたのですが、内容はアンチ豊洲派が圧倒的に多く、

なぜそこまでアンチが多いのか理解に苦しみました。

実は、私の後輩も豊洲にマンションを購入していたので他人ごととは思えず、その理由を探ってみました。

 

 

この「豊洲」という地域は、首都圏のマンション市場における人気スポットのひとつです。

再開発が急速に進み、「ららぽーと」「キッザニア」のような商業施設が充実しており、

近年は大型マンションが多く建設されています。

 

そして、都心(銀座等)へのアクセスが良く、将来的には築地市場の移転も予定されているため、

豊洲は首都圏住民の羨望スポットになりつつありました。

というか、既に羨望スポットでした。

 

豊洲に住む主婦は「キャナリーゼ」と呼ばれ、「ご当地マダム名」としては、

「シロガネーゼ」「コマザワンヌ」「マリナーゼ」と並び、かなりの市民権を得ていました。

なぜ「キャナリーゼ」かというと、豊洲の周囲は運河(キャナル)で囲まれているからです。

 

google検索件数

「シロガネーゼ」 106,000件  ※ウィキペディア有

「コマザワンヌ」 6,530

「マリナーゼ」  80,300件   ※ウィキペディア有

「キャナリーゼ」 14,200

 

ちなみに、豊洲に住むサラリーマンは「キャナリーマン」と呼ばれているそうです・・・

こうした呼び名は、デベロッパーが仕掛けた一種のブームなのですが、

その地域のブランドを浸透させるために、マスコミと組んで面白おかしく命名しているようです。

 

 

そんな羨望スポット「豊洲」が、なぜこれほどまでバッシングされているのか?ということですが、

正直なところよく分かりませんが、原因はいくつかあります。

 

まずは液状化現象。

マリナーゼの住む新浦安や舞浜ほどではありませんが、豊洲も多少はやられたようです。

ただし、マンション自体は全く問題なし。

 

次に、放射能。

米医師会のダラス教授という方が、持参したガイガーカウンターで都内をチェックしたところ、

豊洲では(第1原発から60数キロの位置にある)福島県郡山市の数値よりも高い数値が出たようです。

 

放射能に関しては、震災の影響では無く、おそらく以前の工業地帯時代に原因だと思われます。

1950年代には相当な核ゴミが投棄されていた可能性があるとのことです。

ダラス教授は、大人には影響がないが、子供は注意したほうがいいと言っています。

 

 

これらのことから、不動産価格としてはマイナス要因が多いのですが、

それを言うならば、新浦安の方が被害が大きい訳で、豊洲だけがバッシングされる理由にはなりません。

 

 

わたしが思うに、豊洲が特にバッシングされている理由は、

投機的に不動産を買った人が多かったからではないでしょうか?

長期的に住む目的ではなく、値上がりしそうだから取りあえずマンションを買う人が多かった?

(あくまでも私の推測です)

 

しかも、それを買える人たちは、大金持ちとは言えないまでも、結構な富裕層であり、

いうなれば、かつてのIT長者や株長者のような「新興富裕層」が多かったのではないでしょうか?

そういう人たちに対する嫉妬や妬みが原因で、一般庶民からバッシングされている気がします。

 

「他人の不幸は蜜の味」などといいますが、

人は本当に不幸な人に対しては、バッシングなどしません。

幸せな人が少し不幸になるときが一番危ないのです。

 

 

誰かが言っていました。

「心がけのいい人間は、決して他人の幸福を否定しない。」

「自分が不幸な時でも他人の幸福を喜ぶものである」

 

深いですね・・・