アメリカとうまく付き合う

早いもので新年も、もう半月あまりが過ぎようとしています。
僕はお正月を地元札幌で過ごした際に、中学生時代の懐かしい友だちと二十数年ぶりに会って来ました。
地元の仲間どうしではたまに集まっていたらしいのですが、
僕だけずっと消息が知られていなかったみたいで、いろいろと矢継ぎ早の質問責めに遭ってしまいました(笑)
“ずっとどこにいた?””仕事は何をやってたんだ?”
“子供は何歳になったんだ?””何で奥さんと別れたんだ?”等々…(笑)
まあそれはいいのですが、消息といえば、僕が帰省を終えて鎌倉の僕のアパートに戻ると、
ここしばらく連絡の取れなかった学生時代の友達M君から久しぶりに年賀状が来ていました。
見ると、2年間のプータロー生活に別れを告げて保険会社に就職したとのこと。
M君と僕はスキー仲間で、当時は冬になると50日以上を雪山で一日中一緒に過ごした仲です。
就職で別れ別れになってからもたまに会っていたのですが、
3年位前に彼が勤めていた会社が倒産したらしいという話を聞いて以来、音信不通となっていました。
僕はそれでずっと心配していたのですけど、
そんなM君からの嬉しい知らせだったので、さっそく連絡を取り、週末に会って話をしてきたんです。
M君はいたって元気そうで、就職先の保険会社のことや、そこで今受けている研修の内容などを
目を輝かせていろいろ話してくれたのでした。
彼が入社した保険会社というのは、この1月に3社が合併して、外資系としては国内最大規模になった会社です。
外資系に限らず保険会社というのは毎月のように新人を採用することは僕も聞いたことがありましたが、
M君の入った会社も1月入社の新人が関東甲信越地区だけで数十人もいて、
しかも合併後の第一期生ということで、入社式がけっこう盛大に行われたそうです。
世田谷の等々力にある、その会社の研修施設で行われた入社式。
新人ひとりひとりに辞令を手渡しするというセレモニーを午前中に終えた後、
午後に行われたオリエンテーションではまず、照明が落とされた大会議場で
いきなりT・レックスの「20th Century Boy」が大音量で流れます。
そして、巨大なスクリーンにはいかにもアメリカンな映像が次々と映し出される…。
バスケットボールやアメリカンフットボールといったいろいろなスポーツの名場面や
チアリーディングだとかサーカスだとかミュージカルのダンスシーンだとか。
合間にはアメリカ人の家族が幸せそうにしている映像が入ったり、
その前面には「栄光」だとか「協調」だとか「歓喜」といったキーワードが次々と大きく映し出されて、
つまりは成功イメージの刷り込みですね。
CMO(営業本部長にあたる人)のスピーチ。
「みなさん、大きな夢を持ちましょう」とオーバーアクションな手振りで訴えかけ、
毎年ハワイで行われる成績優秀者の表彰パーティーの模様をVTRで紹介します。
続いて壇上に上った成績優秀者が、家族と一緒にハワイで表彰されたときの喜びを熱く語ります。
それから、こんなビデオクリップも上映されたそうです。もちろん大音量で。
これにはM君もつい涙してしまったとのこと。たしかに映像作品としては非常に良く出来ていますよね。
(未確認情報ですが、これは「冬ソナ」で有名なユン・ソクホが手がけたものなのだとか)
僕はこの話を聞いて思ったのですけど、確かに新入社員の士気を高めるために
こういう手法はものすごい有効なのはわかりますが、
でもここまでくると、ちょっとずるいというか何というか、
何かこう、しっくりこないものを感じたのでした。
僕は出版社で仕事をしていた頃に、あるネットワークビジネスの大会に取材に行ったことがあります。
そこでは千人規模の大ホールで、やはり音響だとか照明だとかの効果をフルに駆使して
成績優秀者は、ステージの中央にしつらえられた派手なゲートの向こうから
ドライアイスのスモークとともに登場します。それで右手の拳を上げて、
「みなさんにも大成功のチャンスはあるんです!」と叫んで会員のモチベーションを煽るんです。
そんな風景を僕はちょっと思い出して、M君のいる会社も、
売っている商品は保険というれっきとした金融商品とはいえ、
やってることは悪質なネットワークビジネスでよく用いられていた手法とたいして変わらないんじゃないかと。
日常と隔絶された空間で、激情を奮い立たせられたり心の弱いところを突かれたり、
こういう体験をすると、よほど感性の磨り減った人じゃない限りは、
感動して涙も流すでしょうし、身の丈に合わない決意をしたりする人もいるかもしれません。


もちろんそこは保険会社だから、保険という商品を広めることで社会にも貢献するでしょう。
僕らのような個人投資家にしても、保険は資産運用の有効な手段の一つですし。
でも、これはちょっと間違えると、危険な匂いを感じてしまいますね。
人の心を操る力に長けた人が、その力を利用して大勢の人を思いのままに操る…。
鍛え上げられた肉体を持つ格闘家が決して素人には手を上げないように、

強い力を持つ者はその力の使い方を心得ているものですが、

いったいこの人たちには、そういう節度というものがあるのだろうか?
でも考えたら、アメリカは銃社会。いざとなったら銃で威嚇して相手を従わせることを是とする社会です。
そんな国で生まれて発展したのが、このように人の気持ちを弄ぶかのようなやりかただとすると、
そこでは成功のためには人の心を操るのも厭わないということなのかもしれません。
実際、ずっとアメリカが主導してきたのが金融の世界。
アメリカとうまく付き合うことは、この世界で生き延びていく上では必須なのです。
別れ際、僕はM君に、この会社とうまく付き合うように、という言葉を贈りました。
すると彼はこう返してきました。
“もし万が一、仮に俺がトップセールスを達成したとしても、
あのハワイの表彰式の浮かれた映像にだけは絶対に映りたくない”
僕はすこ